二兎を追い、二兎をも得る

日常は無常。心は満腹を知らず、醜くも大衆の亡霊を頬張るばかりである。

2014-01-01から1年間の記事一覧

僕がよくもまあ、こんなご身分でたいそーえらそーに言ったこと。

どうも。 最近、就職が決まったアルバイトに対して私が話したことを書こうと思う。 なぜなら、話したことがそっくりそのままブーメランみたいに私が心得ておくべきことだったからだ。 私ー就職きまったんだってね、おめでとう。 アルバイト(ア)ーありがと…

人の意見なんて、評価なんてくそくらえ。だ。

なーんてよく聞くけれどね。本当にそうかしら? ご機嫌麗しゅう。 人の意見、評価は一定の論理性と、主観やバイアスが介在していると思っている。 有名な話で、フォードの顧客に対する話がある。 ”顧客に何を求めるかを聞けば、もっと速い馬をというだろう。…

”楽しさ”という魔物

どうも。最近は意識たけぇ〜な記事ばかりだったけれども 実はそういう自分が追いついてなかった。 むしろおおよそ人らしい悩みを抱えてなーんにも手付かず! 今日はそんな、普段誰しもが立ち止まり頭を抱える、日常のお話。 僕は、お祭りが大好きだ。 人混み…

経過報告-9月toeic結果

どうも。 9月28日開催のTOEICを受験したが、その結果が出たので記載しておく。 まず、私はこのTOEIC受験に向けて3ヶ月間ある方の指導のもとに英語の学習・TOEIC 対策をすすめてきた。 毎日3時間以上の学習を計画していたが、いろんな言い訳がその計画を…

20代の目標

ごきげんよう。 台風も去って急に訪れた寒さに実に困惑しているところであった。 体はもっと早くに困惑していて、1週間程前から手やら唇がかさかさだ。 さて、早速本題に入る。 インターネットっていう開かれた世界に在るとは言え、 膨大な情報に埋もれた、…

作戦!

どうも、ブログの作法など知りもしない私です。 そもそも、こうしてブログを利用しているけれども、自分の事をブロガーとは思っていない。私がもしそう思っているなら、アマチュアを含めたあらゆるブロガーさんたちに謝らなくてはならない。 しかしながら、…

そして私は英語を選んだ。

ご無沙汰である。 この”ご無沙汰”という言葉のなんと仰々しいことか。 単に久しいだけではない厳かさがある。 さて、このブログのことなどすっかり忘れて一体何をしていたのかと言えば、 まさに日々に殺されていた。 忙殺だ。 まず環境に順応するのに時間が…

反省文

反省することばかり重なる。これが人生なのか。 名前は忘れた。今日本屋で立ち読みした2冊の本が真っ当過ぎて 思わず今の自分は反省するしかなかった。 目的を目的にしている時点でダメなのだ。 結果ばかりを求めて学習自体にのめり込めていないから結果が…

”15分から20分”という時間について

いわゆる「意識の高い学生」からそのまま抜け出すことなく その道を邁進して今や「意識の高い会社員」にランクアップ?したのがこの私である。 さて、この意識の高いという表現には当然ある種の皮肉、悪意が込められている。 想像には難くない。というかもう…

このブログの目的について

そうだった。 このブログを始めたのには理由があった。 いや、もちろん何となく始めたわけではなかったが、最近書かなくなっていたのは忙しさもあるが、書くネタがなかった。 すなわち論がまとまってなかった。 つまり、やっぱり無意識のうちによそ行きの言…

或る夜の会合にて

本日私が参加したのは、私の会社から自転車で30分(私の移動は通常自転車である)、福岡の中心街にある、とあるバーで行われる立食形式のイベントだった。 元来人見知りとして生きてきた私はやはり楽しさを見出すことはできなかった。 もちろん嘘のない、い…

スケジュール帳と日記帳

”もしも大地震がおこったら” もしくは津波が、突然の火事に見舞われたら何を持ち出すか。 縁起でもない問いに対して私の回答は ・携帯電話(と充電器) ・財布 ・通帳 このあたりは共通のものだろう。 災害時に持ち出せるものはぜいぜい中型のカバンに詰め込…

継続の理論

継続は力なりとはよく言ったものだ。 多くの文章や映像、音楽が継続の重要性を教訓として民衆を説き伏せている。 なにより継続の効果は科学的に立証されているのである。 そのため物事を始めるときは、誰しもが継続を前提としているものだ。 たとえば、 ダイ…

後回しの理論

やらなければならぬことを後回しにしてしまうことが、多くの人にとっての悪癖である。これは周知のものと思われる。 もちろん私もそれに漏れずこの難癖に苦心していた。 ところが最近この悪癖の妥当性に気がついたのだ。 自分はそうなるまいと思い、認めなか…

ぶっくろぐ

ブログというものは気になってはいたが、いまいち手を出せずにいた。 あくまで非匿名性の中で評価されたかったのである。 つまりは、誰も知らない中で意気込んでもしょうがないと思ってしまっていた。 いや、実際にはそうかもしれない。 しかし、匿名である…